2008年10月24日

(7)発明家のジレンマ

(7)発明家のジレンマ

では、この画期的なパラダイムシフトを「誰が」発明したのか?
当然、コーチング界では偉大なる存在として多くのエピソードやそのサクセスストーリーに関する記述であふれている・・・はず。
ところが、コーチング界で、この発明家に関して語られることはほとんどありません。
信じられない方は書店に行って、片っ端から「コーチング」に関する書籍を当たってみて下さい。
少なくとも「現代の『コーチング』につながる理論や仕組みを開発した人物」には、滅多なことでは行き当たらないと思います。

これは、とても不思議なことではないでしょうか?
仮に、多くの書籍が述べていることが事実で、「自然な流れ」でビジネスにコーチングが導入されたのだとしても、それにしても切っ掛けになった出来事やら著述があったと考えるのが自然。
更に疑うならば、Coach Universityの設立の切っ掛けは何だったのか?
何故、それらが明かでないのか?
それが論理的なものではなく、物語的で叙情的な事柄であったとしても、創業や発明に関する物語は、それなりに高揚感や感動的な逸話で彩られています。
それなのに「何故」創立時の物語が空白なのか?

さて、結論としてはCoach Universityの創設者は、トマス・レナード氏という方です。
後になってみれば違ったアプローチもあったのですが、わたしはこの人物にたどり着くのにとても苦労しました。

「難病患者を支えるコーチングサポートの実際(2002真興交易医書出版局)」

この書籍の中の「コーチングの歴史」に、以下のような記述があります。

米国では1980年代後半に「ビジネスの世界でコーチという存在が誕生した」
「著名なコーチとして知られるのはThomas Leonardである」
彼の独自の「スキルを体系化したものがコーチング」である。
「彼はその経験やノウハウを基に」「コーチ・ユニバーシティを設立した」

とても明解な記述です。
これでもう「ビジネスにコーチングを持ち込んだ創始者はトマス・レナード氏」で決まり・・・と結論付けたいところなのですが、どうも釈然としないのです。
何故か。
Coach Universityと日本での独占契約結んでいるコーチ21や、コーチ21の関係者が理事をされている日本コーチ協会のサイトには、どうしたことかレナード氏に関しての記述がないのです(以前紹介した古いブログは除く)。
まるで自然発生的にCoach Universityが創立されたかのようです。

では、コーチ21はレナード氏を創設者と考えていないのか?
とも考えられない。
というのも「難病患者を支えるコーチングサポートの実際」で「コーチングの歴史」などの執筆を担当されている方々は、コーチ21の方々です。

どうしても釈然としません。

とにかく日本で独占契約を結んでいるコーチ21からしてこんな矛盾を抱えています。
いずれにしろもう少し検証する必要が感じられます。

※上掲の書籍をきっかけにしてようやくコーチ・ユニバーシティの創設者が判明し、わたしはさっそくレナード氏の著作を調べました。
この結果にまた驚かされるのですが、それは改めて後述します。
ただ、今の時点で明らかにしておくべきことは、レナード氏も自身の著作の中で「1982年にパーソナル・コーチの仕事を始めた」「フィラデルフィアの新聞が最近(1998年前後)、『パーソナルコーチングの創始者はレナード氏だ』と書いた」とはっきりと述べてはいます。
が、残念ながら追随して事実を証明してくれる文献は存在しません。

世間には後になってから「実は以前から注目していたんだ」とか「絶対、ダメになると思っていた」などと発言するタイプがいますが、言うならばレナード氏のこれらの発言も同類と言わざるを得ず、いわゆる「後出しジャンケン」に過ぎません。
「有名」になった後で「実は1982年からやっていた」では、証拠としての説得力に欠けます。
(そういう内容の仕事をしていたことを否定したいわけではありません。あくまでネーミングの話)。

それと以前も書きましたが、同じ年に別のグループがCTIを設立している事実も見逃せません。

いくらビジネス展開が早い米国とは言え、Coach Universityが創設されたのを知ってただちに真似してCTIを創ったとは、あまりに考えづらい。
いうのも、コミュニケーションスキルの習得がテーマです。
思いついて直ぐに始められる性質のものではありません。
くわえて1992年以前にレナード氏は著作を発表していないようなので、CTIは創設メンバーはいったいどこでレナード氏の画期的なパラダイムシフトを学んだのか?

それと米国は訴訟社会です。
仮にCTIがCoach Universityのカリキュラムを模倣したのであれば、ただちに訴訟を起こされるのではないか?

このように、Coach Universityの創設者はThomas Leonard氏であるという指摘もあるが、その事実を裏付ける文献はあまりに乏しい、というのが現実です。

「発明者」という称号は大袈裟だったかもしれません。
が、創始者、提唱者、中心的人物・・・・それらの肩書きを有する人物すら見あたらない世界。
それが「コーチング」という業界なのです。
posted by Shigeo at 10:11| 【3】コーチングを発明した人々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月30日

(8)無関心な理由

とにかく現時点では、コーチングの発明者・提唱者・創設者は不明のようです。
もちろんこれが事実だとは思っていません。
結果的に「不明」なのではなく、戦略的、もしくは意図された不明と考えられます。

しかしそれにしても不可思議ではないですか?
コーチングはカウンセリングなどと同じ「対人援助業務」。
同じ対人援助業務であるカウンセリング(心理療法)で、精神分析を発明したのはフロイト、NLPを開発したのはジョン・グリンダーとリチャード・バンドラー、入門書には必ず明記されているし、それは他の心理療法においても同様です。
ところが誰が「ビジネスにコーチング」というパラダイムシフトを成し遂げたのか、どこにも「はっきり」と書かれていない。
コーチングが特に不思議なのは、対人援助業務を積極的にビジネス展開しているNLPにおいても、必ずジョン・グリンダーとリチャード・バンドラーの名前は出て来る。
NLPそのものは、裁判にまで発展した泥沼の覇権争いをその後経験しているにもかかわらず、です。

誤解のないように言っておきますが、確かに1959年にハーバード大学助教授だったマイルズ・メイスという人物が「マネジメントの中心は人間であり、人間中心のマネジメントの中でコーチングは重要なスキルである」という書籍(論文?)を残したのでしょう。
だけどこれは潮流とはならなかった。
何故なら、件の年表にも、メイスの論文がきっかけで一気にコーチングの研究や実践が始まった・・・等とは書かれていないのですから。

これは「後出しジャンケン」の典型的なレトリックです。
仮にマイルズ・メイル氏の論文を切っ掛けにしてビジネス・コーチングの研究が始まったのならば、まさにメイル氏が「コーチングの祖」とされるべきです。
しかしそういう流れにはなっていない。
明らかな時間的な断絶があるのです。

だからネーミングについてだけ想像してみれば、誰かがこのメイスの論文を後世になって読んで(もしくは見かけて)、激しいインスピレーションを得たのではないか。
とも考えられる。
しかしもっと重要なことは、パラダイムシフトのためには「すでにビジネスでコーチングという考え方は存在した」としておいた方が効果的、またはそういう流れが存在する必要があったということです。

「ビジネスでコーチ? なんだそりゃ! 社員にテニスでも教えるのか?(笑)」
「いえいえ、実は1959年時点で既に【ハーバード大学】の先生がビジネスにコーチングが有効であると論文発表してるんですよ」
「ほほー! ハーバードですかあ」

このように「ビジネスでコーチング」という概念は既にあったことにしておいた方が都合が良かったと考えられます。
だから・・・名乗りでない方がいい。

ただし、これも仮説です。
そして付け加えておくと、もしかしたらこの現状は、レナード氏の本意ではなかったのかもしれない。
少し言い方を変えると、

・・・最早レナード氏の存在を重要視していない
・・・もしくはその存在は今となっては邪魔でさえある
   (この件は後々書くと思います)

次ぎに、どうしてよりによって同じ年に、その後も大手であり続ける2つのコーチ養成機関が登場したのか?

これまでの推論に基づけば、答えは簡単に出て来ます。

たぶん、元々同じグループのメンバーだったのでしょう。
レナード氏とCTI創設者のどなたかが。

1992年以前に、コーチングをビジネスに取り込むことを思いついた人物を中心として「あるグループ」が共同で養成機関の設立準備をしていた。
それが何らかの事情で仲違いし、別々に組織を立ち上げた結果が2つの養成機関の同年設立の真相でしょう。
そしてたぶん手法や考え方はある程度まで一緒に練り上げた関係で著作権やらを主張しにくい関係になっている。

だから、お互いにお互いのことを批判しない。
と同時に協業もしない。
しかし流れ的には「Coach Universityが最初だよ」ということになっている。
そういうことにしておいていいよとCTI側が譲歩している感じです。
「コーチング・バイブル」にも、自分たちが最初だとは書いてないけど、コーチ・ユニバーシティが最初だとも書いてない。
不気味なくらいの無視、そして静かな緊張関係です。
わたしには、これらの事実から、初期メンバーの微妙な人間関係が垣間見られると感じられるのですが、これは単なる妄想に過ぎないのでしょうか?

しかし、両陣営が準備段階で協調関係にあったと思われる微かな痕跡が「コーチング・バイブル」の謝辞に見いだせます。
「その他の支援いただいた方」の中に、レナード氏の名前があるのです。

しかし考えてみると、先駆者争い・本家論争を行わなかったことで、結果的にコーチングは普及し、コーチ業界も大きくなりました。
これは予期せぬ恩恵だったと言えます。
しかしこの恩恵とは裏腹に、コーチングの定義と実情がひどく曖昧になりました。
誰もが勝手にコーチと名乗るようになった。
もはやコンサルティングとコーチングは同義です。
誰も明確な区別がつけられない。
また、残念なことに自己啓発セミナーにも利用された。
本来、無関係なはずのスポーツ界の指導者まで「コーチング」を語り始めた。

静かなる発明家達は、この現実をどう感じているのでしょう。
posted by Shigeo at 23:19| 【3】コーチングを発明した人々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月09日

(9)日本の事情

さて、前回までコーチングの成立事情について考えてきました。
もちろん全ては僕の推測です。
全て勘違いや単なる妄想かもしれない。
だけど、期せずして同じ年に創設された、共に「コーチ養成」を標榜する組織が、一緒の文脈で語られることが「まったくない」というこの事実。これはいったい何を意味しているというのでしょうか?
(これもまた後ほど)

ところで実は、成立事情だけではなくコーチングに関してますます混乱してしまう記述が存在します。
これもある意味、とても不思議な内容です。
・・・理解しがたい、と言っても過言ではないでしょう。

JCAコーチングニュース[Vol.3] 2002.9.2
http://www.coach.or.jp/news/backnumber/20020902.html

「しかし、最近のICFで最も大きな話題は、他のコーチング支援機関の登場です。特にICFの設立者のひとりであり、コーチング業界をリードしてきたトマス・レナード氏がコーチングについてより気軽に勉強できるバーチャル教育機関を武器に半年足らずで1万人の会員を集めたことは、ICFに対抗する脅威的な存在として捉えられています。 」(平野圭子氏によるコラム)

ICCとは「国際コーチ連盟」のこと。
筆者の平野氏は、その国際コーチ連盟のボード・メンバーというものに日本人として初めて選出され、3年間務められた方で、コーチ21創設のお手伝いもされていたようです。

しかしそれにしても「不思議な話」です。

何故ならトマス・レナード氏が創設したバーチャル教育機関とはCoach Universityに他なりません。
しかしCoach UniversityとICFの発足は同じ年(1992年。ただし正式なICFの設立は’96年)。
そして、このコラムの掲載か2002年。
設立から10年経った時点で「最近」「半年足らずで1万人の会員を集めた」と言っているのです。
・・・では、それまでの10年間のCoach Universityとはどんな状況だったのだろう・・・

それともう一つ、Coach UniversityとICFの関係について述べられている文献も極めて少なくて、同じ年に発足されたのだから、ICFの設立には相当Coach Universityの意向が反映されていると考えられるのですが、平野氏は「ICFに対抗する脅威的な存在」と語っているのです。
・・・どうやら、日本には伝わらない「何か」があるようです。
というか、それらは意図的に隠匿されているのでしょうか?

ちなみに同じコラムの中にはこんな記述もあります。

「日本におけるコーチングの広がりは、特にマネジメントの領域で欧米の何倍もの速さで広まっています。日本のコーチング業界を育てるパイオニアとしてのミッションは、知識と実践の両方をスキルアップすることであると感じています。日本発コーチングモデルが世界基準になるのも、そう遠くはないのかもしれません。」

・・・つまり、日本のコーチングビジネスは本家米国をしのぐ勢いであると?
加えて「日本発コーチングモデル」が「世界標準になる」可能性もあると?
本当に世界標準になるかどうかという可能性については今は何も語れませんが、ここで注目すべきなのは「日本発コーチングモデル」という記述です。

記憶によるとコーチ21の沿革には、前身の会社が「Coach Universityと日本における独占提携契約を結ぶ」とあります。
コーチングについては疑問だらけのわたしですが、一番の疑問は肝心のCoach Universityのカリキュラムや理論がまったく明らかにされていないことに尽きます。
CTIは公式ガイドブック的なものがあります。
しかしマス・レナード氏はカリキュラムや理論について一切「書いていない」

これは米国のAmazonサイトで確認した結果です。
レナード氏の著作で日本で翻訳されているのは、いわゆる「ポジティブシンキング」関係の本が2冊のみで、しかしこれは本国米国でも似たような状況でした(これも後ほど書きます)。
ただしトマス・レナード氏は、数年前に若くして亡くなられています。
もし存命であれば、独自のコーチ論や、コーチングビジネスの歴史についてとか、書いてくれたかもしれません。
そういう意味では、とても残念です。
が、結果論で残念と思えるだけで、レナード氏が存命であっても「理論書」を著述したとは思えません。

このように日本にいて、日本語の文献を漁る限りにおいては、日本のコーチ業界とCoach University、さらには国際コーチ連盟との温度の違いに驚かされる。
・・・もしくは深い亀裂が感じられる・・・と考えられてなりません。

トマス・レナード氏は・・・とても有能なコンサルタントだったのかもしれません。
書籍(難病患者を支えるコーチングサポートの実際)に「レナード氏が自分が構築してきた理論や技術をコーチングとしてまとめ」Coach Universityを設立したと書いてあることも事実なのかもしれません。
というか、現時点のわたしには、そう推測するのが限界です。

そういう前提で少し穿った見方をすれば、レナード氏亡き後のCoach Universityには、あまり魅力がないのかもしれない。
見方を変えれば、Coach Universityと「良好で緊密」な関係を続けられない理由があるのか?とも考えられるわけです。

でもとにかく、マイルズ・メイル氏が何を書いたかはっきりしないように、Coach Universityについてもまったく見えてこないのは事実。

つまり最早「Coach Universityも年表を埋める道具」になってしまったようです。
これだけは間違いのない事実。

もちろん、日本においては、という意味ですが。
posted by Shigeo at 21:31| 【3】コーチングを発明した人々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月21日

(10)レナード氏のコーチング

ここまでの流れを一度整理しましょう。

1.スポーツのコーチが今のコーチングの源流のように語られているが、それは意図的なハロー効果の期待であり、現在の混乱の元凶となっている。

2.コーチングの創始者については、いくつかの記述は散見できるが、いずれも単発もしくは同じ文節に過ぎず、追認を確認できる文献には行き当たらず、現時点では「ビジネスにコーチ」と最初に言ったのは誰だかわからない。
(例えば「ルー・タイス氏が初めてスポーツ界以外にコーチングを持ち込んだ」との記述も見られるが、現時点ではこれもまた追認する文献を見出していない)

3.どうして同じ年に2つのコーチ養成機関が誕生したのか、誰も説明していない。

4.先駆者らしいトマス・レナード氏の存在は、どうしてこうも軽んじられるのか?

5.日本と米国では、状況や手法、認識などが異なっている可能性がある。
(日本での独自進化の可能性)

では、どうして日本ではレナード氏離れが起こっているのか?
今回はこの点を検証します。

では氏の著作を実際に読んでみましょう。

「いつも『いいこと』が起こる人の習慣(自分を画期的に改善する21の法則)(2001 三笠書房)」

これがレナード氏の「代表的な」著作です。
タイトル見て・・・何かを感じませんか?
ポジティブシンキング・成功法則の臭いがぷんぷんします。
ただし原題は「The Portable Coach」
ずいぶんシンプルです。
現在では版権が移動して、原題通り「ポータブル・コーチ」として発売されています。
(コーチ21系の出版社です)

しかしこの書籍、目次を開いただけで明白なのですが、(いわゆる)コーチングの本ではなく「成功法則」本です。
「はじめに」にはこう書かれています。

「私は、底の浅い積極志向は嫌いである」
「そんなあなたに、本物の「積極思想」を一つプレゼントしよう」
「本書で紹介する二十一の「魅力の法則」
「なかには、たった三ヶ月で、生活保護受給者から一転して年間六万ドルの事業収入を得るまでになった人もいる」

・・・いかがですか?
中身の充実度はさておいて、どこをどうとっても「成功法則」

そして氏は、
「金、仕事、人間の内面といったあらゆる分野を統合して」「長期的な成功の手助けをする」ために今の仕事を始めたと記します。
更に、
「私の知る限り、私より前にこの仕事を始めた人はいない」
と。

それはたぶん事実です。
何回か前で書きましたが「成功法則」を教える機関はすでに存在していましたが(ナポレオン・ヒル財団等)、成功法則に則って具体的にマンツーマンで伴走しようなんて考える人はいなかった。
だからレナード氏の発明は画期的なわけです。

しかし・・・これって、ちょっと違うと感じませんか?
いや、はっきり言えば、今わたし達が知っているコーチングと、かなり異なっています。
それとも、わたしの認識が間違っているのでしょうか?

古書店にいけば100円で投げ売りされているたぐいの本ですから、興味があったら探してみて下さい。
ちなみにわたしはアマゾンで1円で買いました。

とにかくレナード氏は、1998年に米国でこんな本を出版していたのです。
コーチ・ユニバーシティを開設して6年後に。
こういう方が作ったコーチ養成機関とは、いったい如何なるカリキュラムだったのでしょう・・・

すでに述べましたが、如何に成功法則と切り離すかが「コーチング」には重要だったと。
確かに名前は変えた。
パラダイムシフトもできた。
しかし・・・中身は成功法則そのままだったたしたら・・・
つまりレナード氏は「コンサルティングをコーチング」に置き換えただけだったのではないか?
と考えられるのです。

わたしたちはこの事実を、衝撃を以て受け止める必要があります。
何故なら、どう読み替えようとも「ありふれた」成功法則本としか読めないコーチ・ユニバーシティ創設者の代表的著作がポータブル「コーチ」と題されているからです。

なぜ、コーチ21の伊藤氏が、コーチングに初めて接したとき「目新しいとは思わなかった」と印象を語られたかが、これではっきりしたと思いませんか?
伊藤氏が魅力を感じたのは、やはり「コーチ・コーチング」という名前だけだったと、あらためて推察できるのです。

ところで現在、米国のサイトでCoach Universityを検索すると、何故か「Coach U」がヒットします。
名称変更でしょうか?
それも「わからない」
どこにも説明はないのですから。
そしてこのCoach Uのサイトの中に、レナード氏は「Father of Coaching」と呼ばれているとの記述があります。
「コーチングの父」ということでしょうか。
コーチ・ユニバーシティでは、レナード氏にそれなりの敬意を表しているようです。
しかし日本ではほとんど関心が示されない。

それは何故か?

つまり日本の関係者こそが、レナード氏とコーチ・ユニバーシティにつきまとう「成功法則」の影から決別したいと考えたのではないのか?
と推察できるのです。

そしてこの推察が、「コーチングは日本で独自に発展した」という仮説を裏付ける根拠にもなるのです。
posted by Shigeo at 17:47| 【3】コーチングを発明した人々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月28日

(11)決別に至る経緯、またはパンドラの箱(上)

何度も書いてますが、Coach UniversityとCTIは「同じ年」に創設されました。
それなのに一緒に語られることがない。
更に付け加えるならばICFも同じ年に発足しています。
これはあまりに「不自然」な状態だというのが一貫したわたしの主張です。
それ故にわたしは、両者は最初は一緒にコーチ養成機関の設立を目指した仲間で、しかし何らかの事情により決別した結果だったのではないか?と推察しました。
この推察は確かめられないのか?

そこで、両者の著作から、その決別の理由を探ってみようと思います。
レナード氏の著作は「ポータブル・コーチ」
CTIは「コーチング・バイブル」です。

前回ご紹介したように「ポータブル・コーチ」は金太郎飴のようにどこを切っても成功法則本でした。
コーチなんかどこにも登場しない。
セルフ・コーチングと言うにはあまりに指示的すぎる。
全編を貫くテーマは「現世ご利益」
「結果=利益」という構図を覆い隠すことなく堂々と表明しています。

しかし考えてみれば当たり前なのかもしれませんが、レナード氏の前身はフィナンシャル・プランナー。
クライアントに具体的な利益(富み)をもたらすことが最重要テーマです。
氏はその経験を活かして「コーチング」を編み出したわけですから、利益追求は当然の流れ・・・とも言えるのです。
また、こういう対人援助業を全面的に否定するつもりもありません。

しかしそれならば、現在多くのコーチングに関する書籍やWebサイトで述べられている「コーチングはクライアントの自立を促進する」や「コミュニケーションを豊かにする」や「自分らしく生きるために」など理念はいったいどこから来たのでしょう。
それどころか、利益追求を一切謳ってない書籍や養成機関も少なくありません。

そこで次ぎにCTIの書籍を見てみます。
「コーチング・バイブル」もよると、コーチングの最大の目標は「フルフィルメント」=充足感。
しかも具体的に「クライアントの目標が家族と過ごす時間を大切にする」ことであれば、昇進、賃金アップの打診は、収入は確かに増えるが本来の目標に反するのではないか?と「指摘」すべきだとまで書かれている。

これは、ポータブル・コーチで述べられている思想とあまりに対極的です。

さらにCTIジャパンのWebサイトにおいては「コーアクティブ・コーチングはプロのコーチを育成することを目的として構築された一つの体系」ではあるが、その活用範囲は多岐にわたると書かれています。
たとえば「人材育成」や「関係改善」あるいは「子育てや学校教育における生徒指導」それから「友人や夫婦間のコミュニケーション力の向上」さらには「自分自身を見つめ直すきっかけ」にも役立つとある。
つまり「およそあらゆる人間関係、あらゆる組織の中で活用できる新たなコミュニケーションスタイルであり、基本的な「ヒューマン・スキル」であると語られているのです。

気づかれました?
今、一般的に考えられている「コミュニケーション・スキル」としてのコーチングととても近いのがCTIの思想です。

この違いを一般的には「Coach Universityはビジネス・コーチングに特化、CTIはパーソナル・コーチングに特化」と言い表されています。
コーチング・バイブルにも「コーアクティブ・コーチングはパーソナル・コーチング」とはっきりと書かれています。

「なるほど!だから先駆者グループは仲違いしたのか?」
と考えるのは残念ながら早計です。

もう少し両者の違いを見ていきましょう。

Coach Universityには、具体的な結果を明確に追求する傾向が感じられます。
つまりそれはとてもコンサルティング的なのです。
もっとはっきり述べるなら、個人向けコンサルティングをコーチングと改名しただけ、とも感じられるのです。

Coach Universityと独占契約を結んだコーチ21が監修する「コーチング選集」第一巻「コーチング5つの原則」という書籍があります。
この前文で監修者は「コーチングを学ぶにふさわしい海外の書籍を厳選」と書かれていますので、コーチ21のコーチング論に合致した内容であると考えられます。
更に、コーチ21はCoach Universityと独占契約を結ぶくらいですからCoach Universityのコーチング論と近いと考えられるわけです。
回りくどい説明でしたが、しかるに「コーチング5つの原則」はレナード氏の考えに近い具体的なコーチング論と捉えて間違いはないであろうと言いたいわけです。

となると「コーチング5つの原則」もとても不思議な本です。
「結果が出なければコーチングとは言えない」
「『コーチングは完璧でした。でも結果は伴いませんでした』では、意味がない」など、驚くくらいの実利主義です。

・・・人間形成とか自立や豊かな対人関係はどうなっているのでしょか?

このように焦点を「結果」に当てると、両者の違いがより鮮明になって来ます。

Coach Universityはコンサルティング的であり、実利的結果優先的。
CTIは「全体的」な充足感。結果ではなく人間の成長と自立を目標とする。

しかしこの違いは天地ほどの落差がある。
例えるなら「道場」と「人生相談」くらいの違いです。
同じ「コーチング」という言葉を使ってはいるが!

では両者のコーチングには共通項はまったく存在しないのか?
もちろん、存在します。
そしてその共通項こそが、両者の決別を証明する証拠であると考えられるのです。
posted by Shigeo at 17:45| 【3】コーチングを発明した人々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月07日

(12)決別に至る経緯、またはパンドラの箱(下)

さて、このように両者は「コーチング」と名乗ってはいるが、あまりに思想が異なっている。
これだけであれば単に「同じ名前にしただけ」とも考えられます。
つまり争点は「どっちが本家か?」という名産品や郷土料理の争いということになる。
しかし現実には、両者を含む多くのコーチ養成機関には、ある共通のスキルや思想が共有されている。
この驚くべき共通項から、何かしらの「原型」があったのではないかという推測が成り立ちます。
それは「傾聴・承認・質問」などと呼ばれるコミュニケーション技法です。
どの流派、どの養成機関であってもこの3つは外しません。いわば三種の神器です。
いっそ「質問は一切しない」という流派があれば簡単なのですが、残念ながらわたしは出会ったことがない。
したがって、目的や結果が如何に異なろうが「傾聴・承認・質問」を含む限り、コーチング理論は一つの「原型」から派生したものと解釈できると考えます。
この推論から、未だまったく見えてこないCoach Universityのカリキュラムの中にも「傾聴・承認・質問」は含まれているのだと容易に想像できるのです。

そこでわたしは以下のように推察し、隠された物語を再構築しました。

レナード氏は、フィナンシャル・プランナー時代に培ったノウハウをコーチングと名付け、これを養成する機関を作ることでビジネス的な成功を夢見た。
ただしフィナンシャル・プランニングや成功法則だけでは養成機関として物足りない。
まして既存の自己啓発セミナーとの差別化ができない。
そこで彼は、様々な分野の専門家に協業を打診したのではないか?
その結果集まったのがCTI創立者の誰か。
他にもいたかもしれません。

レナード氏がどの程度まで現在のスタイルのコーチングを想定していたかは判然としませんが、結果的にCoach Universityが実利的、CTIが人間形成的であるという事実から鑑みれば、レナード氏は最新のカウンセリング・セラピーの対する理解や共感が薄かったのではないかと考えられます。
つまり、レナード氏の呼びかけに応じたCTI創設者は、コーチングという言葉には果てしない魅力と可能性を感じたが、結局レナード氏の実利主義についていけなかったのではないか。

たとえば、CTIはかなり詳しい理論やスキル・ツールに至るまでを書籍で公開しています。
そういう意味で「コーチング・バイブル」はとても有益な書籍です。
しかしCoach Universityの理論やスキルを解説した書籍は、少なくても日本語では入手できない。

これは何を意味するかというと、カリキュラムやツールを非公開化することで、ビジネス利益を集中させる手法を用いている可能性です。
つまり養成講座への申し込みがマニュアル開示の条件です(自己啓発セミナーの常套手段です)。

もし理想論的に「人間の成長をサポートする取り組み」を世の中に広めたいと思うのならば、養成機関を作るにしてもその理論やスキル、ツールを書籍やWebサイトで公開するのが自然です。
「啓蒙」とはそういうものです。
誰もが手軽にその思想に触れることができ、賛同することも批判することも受容する姿勢です。
自己啓発セミナーが問題視されるのは、まさにこの「啓蒙」思想の欠如にあります。
「詳しくは別室で」「もっと知りたければ入会して」と勧誘して導いた先にあるものは閉じられた世界での批判反論を排除した一義的な思想、すなわち「洗脳」です。

さて、レナード氏の持っていたノウハウとCTI創設者の心理学的理論やスキルを融合すれば、それはとても画期的で、有用性の高い取り組みになったと想像できます。

しかし両者は水と油くらいに考え方も理想もかけ離れていたのでしょう。
一度は共同事業化を夢見ましたが、それは無惨にも潰え、かなりぐちゃぐちゃの状態で両者は別々に事業を立ち上げたのではないか?

そしてたぶん、パテント、著作権などは後回しになり、それぞれが創立後は両者の関係も疎遠になり(断絶したかもしれません)、最早うやむやにして闇に葬るしかなかったのではないか。
つまりわたしが明らかにしてきたことは、開けてはならないパンドラの箱だったのです。

わたしはとにかく不思議でなりませんでした。
米国は何でもかんでも商標登録する国です。
「コーチ、コーチング」は無理でも「ビジネス・コーチ」「パーソナル・コーチ」は商標登録できたはずです。
しかししていない。
できなかった。
(ちなみに他社によって「health coach」は商標登録化されている。この事実をもってしても初めてビジネス・コーチと名乗った組織(個人)が商標登録しなかったことはあまりに不自然です)

これだけでは、創設期の激しい混乱の事実を物語る証拠としては不十分でしょうか?

しかしこんな想像をしてみると「コーチング・バイブル」の謝辞にさり気なくレナード氏の名前をもぐり込ませた・・・この事実がとても胸に響いてくるのです。
posted by Shigeo at 20:22| 【3】コーチングを発明した人々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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