2008年10月30日

(8)無関心な理由

とにかく現時点では、コーチングの発明者・提唱者・創設者は不明のようです。
もちろんこれが事実だとは思っていません。
結果的に「不明」なのではなく、戦略的、もしくは意図された不明と考えられます。

しかしそれにしても不可思議ではないですか?
コーチングはカウンセリングなどと同じ「対人援助業務」。
同じ対人援助業務であるカウンセリング(心理療法)で、精神分析を発明したのはフロイト、NLPを開発したのはジョン・グリンダーとリチャード・バンドラー、入門書には必ず明記されているし、それは他の心理療法においても同様です。
ところが誰が「ビジネスにコーチング」というパラダイムシフトを成し遂げたのか、どこにも「はっきり」と書かれていない。
コーチングが特に不思議なのは、対人援助業務を積極的にビジネス展開しているNLPにおいても、必ずジョン・グリンダーとリチャード・バンドラーの名前は出て来る。
NLPそのものは、裁判にまで発展した泥沼の覇権争いをその後経験しているにもかかわらず、です。

誤解のないように言っておきますが、確かに1959年にハーバード大学助教授だったマイルズ・メイスという人物が「マネジメントの中心は人間であり、人間中心のマネジメントの中でコーチングは重要なスキルである」という書籍(論文?)を残したのでしょう。
だけどこれは潮流とはならなかった。
何故なら、件の年表にも、メイスの論文がきっかけで一気にコーチングの研究や実践が始まった・・・等とは書かれていないのですから。

これは「後出しジャンケン」の典型的なレトリックです。
仮にマイルズ・メイル氏の論文を切っ掛けにしてビジネス・コーチングの研究が始まったのならば、まさにメイル氏が「コーチングの祖」とされるべきです。
しかしそういう流れにはなっていない。
明らかな時間的な断絶があるのです。

だからネーミングについてだけ想像してみれば、誰かがこのメイスの論文を後世になって読んで(もしくは見かけて)、激しいインスピレーションを得たのではないか。
とも考えられる。
しかしもっと重要なことは、パラダイムシフトのためには「すでにビジネスでコーチングという考え方は存在した」としておいた方が効果的、またはそういう流れが存在する必要があったということです。

「ビジネスでコーチ? なんだそりゃ! 社員にテニスでも教えるのか?(笑)」
「いえいえ、実は1959年時点で既に【ハーバード大学】の先生がビジネスにコーチングが有効であると論文発表してるんですよ」
「ほほー! ハーバードですかあ」

このように「ビジネスでコーチング」という概念は既にあったことにしておいた方が都合が良かったと考えられます。
だから・・・名乗りでない方がいい。

ただし、これも仮説です。
そして付け加えておくと、もしかしたらこの現状は、レナード氏の本意ではなかったのかもしれない。
少し言い方を変えると、

・・・最早レナード氏の存在を重要視していない
・・・もしくはその存在は今となっては邪魔でさえある
   (この件は後々書くと思います)

次ぎに、どうしてよりによって同じ年に、その後も大手であり続ける2つのコーチ養成機関が登場したのか?

これまでの推論に基づけば、答えは簡単に出て来ます。

たぶん、元々同じグループのメンバーだったのでしょう。
レナード氏とCTI創設者のどなたかが。

1992年以前に、コーチングをビジネスに取り込むことを思いついた人物を中心として「あるグループ」が共同で養成機関の設立準備をしていた。
それが何らかの事情で仲違いし、別々に組織を立ち上げた結果が2つの養成機関の同年設立の真相でしょう。
そしてたぶん手法や考え方はある程度まで一緒に練り上げた関係で著作権やらを主張しにくい関係になっている。

だから、お互いにお互いのことを批判しない。
と同時に協業もしない。
しかし流れ的には「Coach Universityが最初だよ」ということになっている。
そういうことにしておいていいよとCTI側が譲歩している感じです。
「コーチング・バイブル」にも、自分たちが最初だとは書いてないけど、コーチ・ユニバーシティが最初だとも書いてない。
不気味なくらいの無視、そして静かな緊張関係です。
わたしには、これらの事実から、初期メンバーの微妙な人間関係が垣間見られると感じられるのですが、これは単なる妄想に過ぎないのでしょうか?

しかし、両陣営が準備段階で協調関係にあったと思われる微かな痕跡が「コーチング・バイブル」の謝辞に見いだせます。
「その他の支援いただいた方」の中に、レナード氏の名前があるのです。

しかし考えてみると、先駆者争い・本家論争を行わなかったことで、結果的にコーチングは普及し、コーチ業界も大きくなりました。
これは予期せぬ恩恵だったと言えます。
しかしこの恩恵とは裏腹に、コーチングの定義と実情がひどく曖昧になりました。
誰もが勝手にコーチと名乗るようになった。
もはやコンサルティングとコーチングは同義です。
誰も明確な区別がつけられない。
また、残念なことに自己啓発セミナーにも利用された。
本来、無関係なはずのスポーツ界の指導者まで「コーチング」を語り始めた。

静かなる発明家達は、この現実をどう感じているのでしょう。
posted by Shigeo at 23:19| 【3】コーチングを発明した人々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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