2008年09月06日

(2)コーチングの歴史を検証する

日本における代表的なコーチング養成機関といえば「コーチ・トゥエンティワン(以後コーチ21と表記)」です。日本コーチ協会の設立を援助し、今も理事の中にはコーチ21関係者がいらっしゃいます。
そのコーチ21関係者の書籍やWebサイトでは、今の形のコーチングが始まった年代を以下のように記しています。これが今や既成事実となり、多くのコーチ、コーチ養成機関が当たり前のように引用を続けているものです。

「1992年にCoach Universityが設立されたのをきっかけに、いくつも同様の機関が誕生した」
つまり、Coach Universityが先駆者であることを示唆しています。

ところが米国には、もう一つの大手コーチ養成機関が存在します。
「CTI」です。
このCTI監修の書籍にはこう記してあります。

「CTIは1992年にローラ・ウィットワークとヘンリー・キムジーハウスによって設立され」
(引用「コーチング・バイブル」2002 東洋経済新報社)

わたしは「コーチング・バイブル」でこの記述を見たとき、心底驚きました。
Coach Universityだけではなく、同じ年にまったく同じ概念の養成機関がもう一つ誕生している。
Coach University(もしくはコーチ21)は、何を根拠に自身の「設立が普及のきっかけ」と宣言できたのでしょう?
創立年月日でしょうか?(ただし月日の記載はありません)
しかし後世(と言うほど昔の話ではないのですが)のわたしたちにとっては、創立日がどちらが早いかという問題よりも「どうしてまったく新しい理論(技法)が同じ年に同時に誕生したのか?」ということの方が気になります。

例えばカウンセリング・セラピーにおいては、成立後の離合集散はあるにしても、創設者は誰で、そこから独立した流派にはどんなものがあるか?など、きわめてオープンです。
そして誰もが容易に歴史をたどれます。

ところがコーチングは、どうでもいいような「coach」と言う単語の語源には必ず言及する(語源は「馬車」なのだそうです)のに、肝心なこの「1992年」前後について、これ以上語ろうとしません。

実はこれは一例です。
コーチングについては、他にも多くの点から「理屈に合わない」説明が多いのです。
わたしはそれらを「意図的に隠された」と感じました。
意図的に隠さざるを得ない(隠したい)背景があると。
したがって本コーチ論は、コーチング理論に言及する前に、どうしてもコーチング成立の背景を検証する必要があるのです。

コーチの語源はどうやら「馬車」らしいという話を簡単に述べました。
このコーチングと呼ばれるコミュニケーション手法をコーチングと命ずるために、必ずと言っていいほど「コーチングには、目的地に馬車で快適に乗客を送り届ける意味がある」と説明がつけられます。
こう言われると確かにしっくりきます。
納得感が高まるのです。
しかし、その説明が異様にしっくりくるが故に、この説明がコーチング哲学となって、他の可能性や理論化を阻んでいるとも言えるのです。

さて、「コーチ・コーチングという技法はスポーツのコーチ・コーチングに由来する」
これは誤り、もしくは意図的な曲解であり、正確には、あるコミュニケーション手法をコーチングと名付けただけだというのがわたしの仮説でした。
では何故そう考えるのか?

以下は、日本語文献やWebサイトでよく見かける「コーチングの歴史」です。

【1500年代】コーチという言葉が登場。元々は「馬車」という意味。
【1840年代】オックスフォード大学で、学生の指導をする個人教師のことをコーチと呼ぶようになる。
【1880年代】ボート競技の指導者をコーチと呼ぶようになる。
【1959年】当時、ハーバード大学助教授だったマイルズ・メイスが"The Growth and Development of Executives"という本(論文?)の中で「マネジメントの中心は人間であり、人間中心のマネジメントの中でコーチングは重要なスキルである」と記する。
【1985年】トム・ピーターズのコーチングに関する書籍 "A Passion for Excellence"が発刊される。
【1989年】デニス・キンロのコーチングに関する書籍" Coaching for Committment"が発刊される。
【1987年】アメリカを代表するスポーツコーチ達とコーチング研究者が一堂に会するマネジメント・セミナーが開催され、コーチングのテクノロジーについて語る。
【1992年】アメリカでコーチの養成機関の設立が相次ぐ。
【1992年11月】コーチという職業の倫理を明確にし、その質の維持を目的に、非営利団体国際コーチ連盟(International Coach Federation、通称ICF)が設立される。

馬車を意味するコーチという言葉がスポーツを経てビジネスの世界でも使われるようになったと流れが、とてもよくわかる年表です。
しかし、もう一度よく注意してこの年表を見てみましょう。
1959年に「マネジメントの中でコーチングは重要なスキルである」と書いたマイルズ・メイズについて、この事実以外に引用されたり指摘されている文献が見あたりません。
彼のこの言葉を引用する書籍はあっても、この言葉以外の箇所を引用した書籍がないのです。

つまり「年表の中でのみ存在する人物、論文」と言えます。

しかしこれは実はトム・ピーターズやデニス・キンローにおいても同じです。

一般的に年表は、「重要な」人物・文献が記載されます。
年表とはそういうものであるはずです。
従って、この年表に記載された人物・文献は、コーチング業界にあって、詳しく取り上げられたり分析される対象であるはず。
しかしそうではない現実がある。
であれば、彼等の存在は「年表を埋めるためだけ」に利用されているのではないかと考えられるのです。

次ぎに、大きなイベントであったかに感じられる1987年に開催されたマネジメント・セミナー。
この会議では、いったいどんな「コーチング論」が話し合われたのでしょうか?
しかし、このセミナーの中身に関して語られることは、やはりありません。
また、子細に点検すれば「コーチング研究者」とは、いったい何者なのかということが気になります。
さらに「何故、『コーチング・セミナー』でなかったのか?」ということも。

憶測するに「スポーツコーチ」とは監督・指導者。
「コーチング研究者」はチーム理論・スポーツ理論の研究者。
そして話し合われたテーマは「チーム・マネジメント」だったのではないか?
こう憶測するには理由があります。

この1987年の「スポーツコーチ達によるマネジメント・セミナー」の約5年後、一気に「ビジネスコーチ養成機関」の設立が相次ぎます。
わたしはこの急展開が不思議でなりません。
というのも「どうしてこの5年間にコーチングに関する文献が存在しないのだろう?」

たとえばこの5年の間に「スポーツコーチとビジネスコンサルタントが、マネジメントについて対話をする」や「スポーツコーチングのビジネスへの応用について」などと題された書籍や論文が相次いで刊行される・・・などという流れがあっていいはずです。
なぜなら1987年当時すでに「コーチング研究者」が存在したのだから。
そういう流れがあって初めてコミュニケーション技法としてのコーチングとスポーツのコーチが結びつくのではないでしょうか?

いや、実際あったのかもしれない。その事までを否定したいわけではありません。
しかしながら、中身について一切引用も解説もされないマイルズ・メイルの様な方々についてはわざわざ年表に書き記し、何故1987年から1992年の間に存在したかも知れない研究やら書籍への言及が皆無なのだろう?
これはあまりに不可思議で理屈に合いません。

この検証からわたしが導き出した結論はこうです。
「コーチング」は、スポーツとはまったく関係のない分野、業界から発想されたものあり、
「コーチング」と名付けたが故に、スポーツと関係のある歴史を「後から」創作したのだと。
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