2009年01月30日

(17)気づかないアキレス腱

これまで繰り返しコーチングの理論・技法のほとんどは、ブリーフセラピーと総称される心理療法からの流用であったと述べてきました。
この事実を認め「コーチングは対人援助サービスである」と捉えれるならば、コーチングには間違いなく有用性があるとわたしは考えます。
実際問題として、そう考えているからこそわたしはコーチングを提供しているわけです。

さて、しかしながらこのサービスには致命的な欠陥があります。
「心理療法を健勝者向けにアレンジしたアイデア」は素晴らしいのです。
が、コーチングの「ビジネスモデル」に問題がある。

コーチングの理論基盤を検証するシリーズの最後は、コーチングのビジネスモデルについての検証です。

プロのコーチの方が書かれた本には以下のような記述が散見されます。

「コーチ自身がコーチをつけ〜」
「コーチを受けてみないと本当のコーチングが理解できたとは言えない」
「プロのコーチたる者、コーチをつけるのが当然」
さらには、
「コーチを選ぶ場合、そのコーチがコーチングを受けているかどうかを選択の基準とすべし」

「なるほど!」
と頷いてはいけません。

一見しごくもっともと感じられる主張ですが、残念ながら(コーチがコーチを雇う)重要性の根拠となる理屈や原理に関して、明解な解答を見出すことができません。

結論を述べるなら、コーチがコーチを雇う必然性はないのではないか?
何故ならば、プロフェッショナル・コーチはすでに「自立」出来ているからです。
自分のことは自分で解決できるのがプロフェッショナルなコーチです。
コーチを付けるのは、未だ自立できていないクライアントであるはず。

つまり、これがレナード氏が発明した最強のビジネスモデルであり、同時に最大のアキレス腱なのです。
それは何故か?

「プロフェッショナルなコーチと言えどもコーチを雇うのが常識です。たとえばわたしの場合、コーチはアメリカ人で30分500ドル。でもね、これ、コーチとしては当たり前のことなんですよ。だってコーチを雇っていた方がハイパフォーマンスを維持できるから」
「なるほど〜! ではわたしの支払ってるコーチ料なんか安いものなんですね」

上記は少しディフォルメした例です。
とにかくコーチングを考え出したのが金儲けの達人レナード氏です。
ファィナンシャルプランナーとして「継続して」顧客の財産を運用するというビジネスモデルのうま味は充分に知り尽くしていたのです。
その彼がコーチングを思いついて、この「継続的報酬システム」を捨てるはずがない。
当然コーチングにも「継続的報酬システム」を導入したいと思う。
しごく当然な発想あり、起業家であれが誰もが憧れる形態です。

ところが・・・この「ビジネスモデル」こそがアキレス腱なのです、ことコーチングにとっては。
それこそ、いつ切れても不思議でない・・・

と言うことで何がアキレス腱なのか?

つまり流用した理論技法は、そのほとんどが「ブリーフセラピー」であったことに起因します。
ブリーフセラピーは別名「短期」療法です。
この矛盾に気づかれましたか?

心理療法家たちは、時には何年もかかる従来の心理療法に疑問を感じ、もっと短期に有効な効果を得られる心理療法を、と言うことで様々な短期療法を開発しました。
同時に生産性向上を目的に、労働者へのカウンセリングを始めていた米国産業界では、従来の長期に渡るカウンセリングではなく、短期に効果の現れるカウンセリング理論・技法を望んでおり、両者が手を組むことによりブリーフセラピーは急激に発展、普及することができたという背景があります。

このようにコーチングの「承認」も「質問」も「リソース」も、全て「短期」に終結されることを目的としています。
その「短期」を目指した技法を用いて「長期」にセッションを続ける・・・・。
例えるならば、短距離走の指導方法でマラソン競技の指導をする。

これは論理的に破綻していないだろうか?

もう一つ「形容矛盾」「論理的破綻」の根拠を述べましょう。

前掲した「コーチング・バイブル」や「コーチング5つの原則」などには共通するある記述があります。
それは「コーチングの目的」に関する部分です。

「コーチングの目的は、クライアントを長期的にサポートすること」
「コーチングの目的は、クライアントが自分で解決できるようになること」

すでにこの記述が矛盾しています。

「長期」とは具体的にどれくらいなのだろうか?という点も明解ではなく気になるところですが、何よりも冒頭に述べた「プロフェッショナルなコーチもコーチを雇っている」という主張と合わせて解釈すると、実に不可思議な結果が明らかになります。

「コーチングの目的は、クライアント(プロフェッショナル・コーチ)を長期的にサポートすること」
「コーチングの目的は、クライアント(プロフェッショナル・コーチ)が自分で解決できるようになること」

つまりこの解釈では「プロフェッショナル・コーチとは、長期に渡って自分の問題を解決できない者」と述べていることになってしまうのです。

どうしてこのような矛盾が生じるのか?
と同時に、どうして今までこれほど重大なアキレス腱の存在が放置されてきたのか?

放置され続けてきた理由は判然としませんが、矛盾が生じた原因については明白です。

「コーチがコーチを雇う」
「長期にわたってコーチングを継続する」
これらのビジネスモデルは、カウンセラー・心理療法家に義務づけられている「スーパービジョン」「教育分析」を翻案したものです。

「スーパービジョン」とは、自身の所属する組織、流派において「認定された指導員(スーパーバイザー)」が、カウンセラーが提供した事例に基づいて示唆や助言を与えながら行う教育です。
「教育分析」とは教育カウンセリングとも呼ばれ、カウンセラー・心理療法家本人がカウンセリングを受けることで、目的はクライアント体験により自分を客観視するトレーニング的側面と、業務上のストレスや倫理的問題への現実的対処という側面を併せ持ちます。
しかしここで重要なのは、いずれも「研究活動」「自己研鑽」が目的であること。
くわえて継続し続けることは求められておらず、組織、流派によって年1回とか何時間とか規定されているにすぎません。
つまり日常の業務や生活のサポートが目的ではない。

そしてこの矛盾がまた、危険なアキレス腱であるのです。

「指導」とは、自分より経験知識が長け、思想や理論が明確である上位者から受けるものです。
多くは論文、著作、セミナー、教育分析などから判断し、指導を仰ぐという流れになります。
ところが多くのコーチは「まったく研究活動をしていない」という現実に突き当たります。

ではコーチ達は何を基準に自分のコーチを選択しているのか?
と考えるととても不思議に感じませんか?
posted by Shigeo at 18:34| 【4】コーチングの理論基盤 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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