2009年01月19日

(16)学術的ということ

前回の検証の補足です。

再び平野圭子氏のコラムから同箇所を引用します。
http://www.coach.or.jp/news/backnumber/20060920.html

「 現在アメリカの大学では、コーチングを「行動学」などに関連づけて学術的に研究し始めています。そして、今まで学術とは関係のなかった数多くの現役コーチたちが大学の成人学習プログラムの授業で教鞭をとっています。」

既にわたしが明らかにしたように「コーチングは心理療法もしくはコンサルティング、マネージングの翻案」です。
しかしながら、この事実を認めてしまっては、コーチングはコーチングとして存在意義を見いだせません。
ここでの「行動学」が具体的に何であるか判断できませんが、いずれにしろ新たなる理論基盤を模索していることがうかがい知れます。

また平野氏に他意はないのでしょうが、この記述を額面通り受け取るわけにはいきません。
平野氏は「数多くの現役コーチたちが大学の成人学習プログラムの授業で教鞭をとって」いると述べます。この文章からは「コーチングが学術的に認められつつある」という印象が持たれます。
しかしそもそも「成人学習プログラム」とは何でしょう?
それは、正規の学生の単位となる授業ではないということです。
日本で言うところの「社会人向け講座」でしょうか?
であるならば「今まで学術とは関係のなかった」現役コーチたちという装飾語はまったく意味を成しません。
これがもし「今まで学術とは関係のなかった数多くの現役コーチたちが大学の【正規授業で理論についての】教鞭を」とり・・・であったならまったく話は違います。

例えば日本でも、栃木の宇都宮大学で以下のような取り組みが開始されます。
「宇都宮大学 工学研究科特別講義「共創コーチング特論」」
http://www.utsunomiya-u.ac.jp/event/2008/11/cc-coaching.html

しかしこれもまた「コーチング理論」が存在することが大前提であり、講義の目的は「コーチング理論の学習や研究」ではなく、あくまでも「コーチング・スキルの習得」です。
これは「社会人として有益なスキルとしてコーチングがたまたま選ばれた」だけではないでしょうか?
つまり「ソーシャルスキル・トレーニング」の一環に過ぎません。
それなのにコーチが大学で教鞭に立つと、それだけでコーチングが学問として認められたという驚くべき論理的飛躍につながるのです。
コーチング・スキルを学生のために取り入れている大学は他にもあるでしょう。
しかし「コーチングを学術的に研究している大学」は日本に存在するのでしょうか?

コーチングも対人援助手法の一つです。
大きくくくれば「コミュニケーション論」の一部かもしれません。
しかしどの分野であっても「学術的な研究」がなされるというのなら、有用性に関するサンプリングと統計的分析、そしてデータの開示が不可欠です。
それらが開示されて初めて「学術的研究」がなされたと言います。
カウンセリング・心理療法の各流派も、各種テストも、全て同じ過程を経て、批判や反論に晒されて現在広く利用されています。

これらの学術的研究がなされないで、何故に(心理療法との関係性を否定もしくは無視する)コーチングが「対人援助」に有効と断言できるのでしょう?
posted by Shigeo at 18:11| 【4】コーチングの理論基盤 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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