2008年12月07日

(12)決別に至る経緯、またはパンドラの箱(下)

さて、このように両者は「コーチング」と名乗ってはいるが、あまりに思想が異なっている。
これだけであれば単に「同じ名前にしただけ」とも考えられます。
つまり争点は「どっちが本家か?」という名産品や郷土料理の争いということになる。
しかし現実には、両者を含む多くのコーチ養成機関には、ある共通のスキルや思想が共有されている。
この驚くべき共通項から、何かしらの「原型」があったのではないかという推測が成り立ちます。
それは「傾聴・承認・質問」などと呼ばれるコミュニケーション技法です。
どの流派、どの養成機関であってもこの3つは外しません。いわば三種の神器です。
いっそ「質問は一切しない」という流派があれば簡単なのですが、残念ながらわたしは出会ったことがない。
したがって、目的や結果が如何に異なろうが「傾聴・承認・質問」を含む限り、コーチング理論は一つの「原型」から派生したものと解釈できると考えます。
この推論から、未だまったく見えてこないCoach Universityのカリキュラムの中にも「傾聴・承認・質問」は含まれているのだと容易に想像できるのです。

そこでわたしは以下のように推察し、隠された物語を再構築しました。

レナード氏は、フィナンシャル・プランナー時代に培ったノウハウをコーチングと名付け、これを養成する機関を作ることでビジネス的な成功を夢見た。
ただしフィナンシャル・プランニングや成功法則だけでは養成機関として物足りない。
まして既存の自己啓発セミナーとの差別化ができない。
そこで彼は、様々な分野の専門家に協業を打診したのではないか?
その結果集まったのがCTI創立者の誰か。
他にもいたかもしれません。

レナード氏がどの程度まで現在のスタイルのコーチングを想定していたかは判然としませんが、結果的にCoach Universityが実利的、CTIが人間形成的であるという事実から鑑みれば、レナード氏は最新のカウンセリング・セラピーの対する理解や共感が薄かったのではないかと考えられます。
つまり、レナード氏の呼びかけに応じたCTI創設者は、コーチングという言葉には果てしない魅力と可能性を感じたが、結局レナード氏の実利主義についていけなかったのではないか。

たとえば、CTIはかなり詳しい理論やスキル・ツールに至るまでを書籍で公開しています。
そういう意味で「コーチング・バイブル」はとても有益な書籍です。
しかしCoach Universityの理論やスキルを解説した書籍は、少なくても日本語では入手できない。

これは何を意味するかというと、カリキュラムやツールを非公開化することで、ビジネス利益を集中させる手法を用いている可能性です。
つまり養成講座への申し込みがマニュアル開示の条件です(自己啓発セミナーの常套手段です)。

もし理想論的に「人間の成長をサポートする取り組み」を世の中に広めたいと思うのならば、養成機関を作るにしてもその理論やスキル、ツールを書籍やWebサイトで公開するのが自然です。
「啓蒙」とはそういうものです。
誰もが手軽にその思想に触れることができ、賛同することも批判することも受容する姿勢です。
自己啓発セミナーが問題視されるのは、まさにこの「啓蒙」思想の欠如にあります。
「詳しくは別室で」「もっと知りたければ入会して」と勧誘して導いた先にあるものは閉じられた世界での批判反論を排除した一義的な思想、すなわち「洗脳」です。

さて、レナード氏の持っていたノウハウとCTI創設者の心理学的理論やスキルを融合すれば、それはとても画期的で、有用性の高い取り組みになったと想像できます。

しかし両者は水と油くらいに考え方も理想もかけ離れていたのでしょう。
一度は共同事業化を夢見ましたが、それは無惨にも潰え、かなりぐちゃぐちゃの状態で両者は別々に事業を立ち上げたのではないか?

そしてたぶん、パテント、著作権などは後回しになり、それぞれが創立後は両者の関係も疎遠になり(断絶したかもしれません)、最早うやむやにして闇に葬るしかなかったのではないか。
つまりわたしが明らかにしてきたことは、開けてはならないパンドラの箱だったのです。

わたしはとにかく不思議でなりませんでした。
米国は何でもかんでも商標登録する国です。
「コーチ、コーチング」は無理でも「ビジネス・コーチ」「パーソナル・コーチ」は商標登録できたはずです。
しかししていない。
できなかった。
(ちなみに他社によって「health coach」は商標登録化されている。この事実をもってしても初めてビジネス・コーチと名乗った組織(個人)が商標登録しなかったことはあまりに不自然です)

これだけでは、創設期の激しい混乱の事実を物語る証拠としては不十分でしょうか?

しかしこんな想像をしてみると「コーチング・バイブル」の謝辞にさり気なくレナード氏の名前をもぐり込ませた・・・この事実がとても胸に響いてくるのです。
posted by Shigeo at 20:22| 【3】コーチングを発明した人々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月12日

(13)分類という混乱

前回で、コーチングの源流をたどる検証は終わりました。
今回からは「コーチングとは何なのか」という本論です。
まず結論から申し上げれば「(いわゆる)コーチング論・コーチング理論は存在しない」というのがわたしの主張です。
根拠としては「学術的に研究された書籍・論文が(日本では)存在しないから」です。

この検証を開始するにあたってまずコーチングにおける「ジャンル」について考察します。

これまでにわたしが明らかにしたことから以下のコーチングの潮流が見えてきました。

フィナンシャル・プランナーのノウハウを追求して「対人援助技法」を構築したのはトマス・レナード氏。
心理療法の理論や技法を積極的に取り入れて人間性の成長をサポートしようとし「対人援助技法」の基礎を築いたのはCTIの創設者たち。
現代に至るコーチングの広がりは、全てこの2者を基点としています。
どんな流派・思想であってもいずれかの影響下にある。
つまり「コーチングは異なる2つの思想を最初から有している」
言い換えるなら「コーチングは異なる2つの思想をその出発点とした」

しかし両者にも違えない共通点があります。
それはいずれも「自己実現」を目指しているということ。
これこそがコーチングと命名された対人援助技法が、当時の米国を席巻していた「ヒューマン・ポテンシャル・ムーブメント」の影響化で誕生した明白な証拠です。
(それ以前に「自己実現」という発想は知られていなかった)

ここでは仮にコーチ・ユニバーシティ派を「自己達成型コーチング」
CTI派を「自己成長型コーチング」と名付けます。

理由としては、コーチ・ユニバーシティ派は具体的なゴール(資産・待遇・資格等の獲得)を有し、目標達成を目的とする傾向が強いからです。
またCTI派は、ゴールが目に見えない、形とならない場合があるなど、「心の安定」や「充足感」を目指す傾向が強いからです。

しかし現代において、このような分類はなされません。
上記は「思想」を基準とした分類であって、このような分類はずっと避けられてきたのです。

現在のコーチングを大まかに分類すると、
1.パーソナル・コーチング
2.エグゼクティブ・コーチング
3.ビジネス・コーチング
の3つに集約されます。
更に細分化すれば無限と感じられるほど専門性に特化したコーチングは存在しますが、いずれも上記の3点に分類可能です。

いずれにしてもこれらの分類は「様式」上の分類です。
言うならば「どういう立場のクライアントに対して実施されるか?」という分類です。
これをカウンセリングで例えるなら、会社員と主婦と社長に対してカウンセリングの名称が異なると言った具合です。
・・・と例えると、とても不思議でおかしな分類だとは感じませんか?
しかし誰も不思議と思わずに、こんな不可思議な分類を是としてきたのです。

この様式的分類法(関係性分類法)が如何に矛盾に満ちているか、もっとも限定的と思われるエグゼクティブ・コーチングについて考えてみましょう。

これは主に経営者クラスに対して実施されるコーチングを指し、概ねパーソナル・コーチングより単価が高く、コーチングの中では珍しく専門性が不可欠というのが特徴です。
(コンサルティング能力が必須とも言われます)
また経営者クラスがクライアントなのですから当然、業績・収益向上がゴールになると考えられます。
したがって思想的分類上での「自己達成型コーチング」とイコールではないかとも考えられます。

しかしここに有名な事例があります。
かつて米国GEのジャック・ウェルチ会長が28歳の女性コーチを雇っていたという逸話です(オリジナルソースは不明ですが)。

このコーチは経営や電機産業についてもまったくの素人で、このことから「コーチングは専門分野でなくても可能である」という主張を引き出す道具として語られている事例です(というか、その論法を引き出すために紹介された事例でしょう
)
しかしウェルチ氏の意図はどこにあったのか?と考えれば想像は容易です。
氏は一種のブレーン・ストーミングを期待したのでしょう。
価値観も立場も境遇もまったく異なる相手と話すことによって、自身の思考が活性化されることを望んだ。
または思考の硬直化を防止しようとした。
こう考えるのが妥当です。
そしてこの想像が妥当であるのなら、この「28歳の女性コーチ」が持ったセッションは果たして「エグゼクティブ・コーチング」と言えるものだったのでしょうか?
明白なのはクライアントが「エグゼクティブな立場」であったというだけです。
高度なコンサルティング能力も、多くの経験も必要ないというならば、そもそも「エグゼクティブ・コーチング」と名付ける必要がないのです。

このように現代の分類は単に「様式」「関係性」を指しているに過ぎません。
コーチの特性や思想、得意とする手法に応じた分類(もしくは定義)を現す言葉はありません。
企業でコーチングを受ければ「ビジネス・コーチング」ですが、同じテーマをプライベートで語れば「パーソナル・コーチング」に変わります。
経営者が家族間問題の解決を望んだら、いったいそれはどこに分類されるのでしょう。
主婦と経営者では、家族問題に対して異なるアプローチが存在するのでしょうか?

次ぎにビジネス・コーチングについて考察しましょう。
ビジネス・コーチングは一対一でセッションを持つ場合と、グループ・コーチングとして集団に用いられる場合があります。
また対人援助というよりは人材(プロセス)マネジメントの比重が高く、そういう意味では特別な知識・経験がないと務まりません。
しかし今述べた専門性は「コーチング特有の技法」ではありません。
すでに世の中に存在する「人材(プロセス)マネジメント技法」です。
したがってどんなに専門性が高くても、ビジネス・コーチングに特有な「コーチング技法」については何も説明できていないのです。

つまり、わたしの結論はこうです。
現代の分類法では、コーチの特徴や資質を推し量ることは不可能。
極端に細分化されたネーミングでも事態は同じです。
例えば「恋愛コーチ」と名乗るコーチが、色恋の知識や経験が豊富なことは容易に想像できます。
しかしどのような手法や技法を得意とするのかまったく判然としません。
これはカウンセラーが「得意なのはカウンセリングです」と言っているようなものです。
語弊があるかもしれませんがもっと分かりやすく例えるならば、占い師が「わたしは恋愛の占いをしています」と言っているのは同じ事なのです。
道具として水晶を使うのかタロットカードを使うのか手相を見るのか語ろうとしない占い師がいたらどうでしょう。
結局いまの分類法は何も説明していない。
いや、説明不可能な分類であって、この分類法だけが一人歩きをしているのです。

そもそもコーチを名乗る人は、自分の手法・技法的な特徴を、いったいどれだけ差別化できているのでしょうか?
いつの間にか自明となった分類法によって、自分の特徴を見失ってはいないだろうか?

さて、このような論考からわたしは、コーチングはまず「自己達成型コーチング」と「自己成長型コーチング」に分類すべきだと提案します。

そして自己達成型コーチングは、各種コンサルティング・マネジメントの異名であると結論付けます。
また自己達成型コーチングは、ある種のカウンセリング、心理療法の翻案であるとやはり結論付けます。

この2つのコーチング思想を無自覚的に取り入れ同次元で扱うため、コーチングは思想として混乱するのです。
posted by Shigeo at 08:58| 【4】コーチングの理論基盤 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月21日

(14)カウンセリングとの違いとは

前回わたしは、現在流布しているコーチングの分類法「エグゼクティブ/パーソナル/ビジネス」では、コーチングの特徴や得意とする技法は明らかにならないと指摘しました。
そして自己達成型コーチングは、各種コンサルティング・マネジメントの異名であり、自己達成型コーチングは、ある種のカウンセリング、心理療法の翻案であると考えれば全てがクリアになると述べました。

今回は「自己実現型コーチング=カウンセリング、心理療法」とわたしが主張する根拠について検証します。

その前に、コーチングセミナーやコーチング入門書で(頻繁に)見かける以下の記述について検証しなければ先に進めません。
それはコーチングとカウンセリングの違いについて述べられる説明で、多くは「コーチングとティーチングの違い」、「コーチングとコンサルティングの違い」と同列で扱われます。
では「コーチングとカウンセリングの違い」はどう説明されているのか?

「カウンセリングは原因探求、コーチングは未来探求」
「カウンセリングは過去に遡って問題となって原因を取り除く手法で、コーチングは未来に向かって解決を目指すものであり、両者は根本的に違う」等です。
オリジナルソースは明かでなく、推察ではコーチ・ユニバーシティのテキストに原典があるのではないかと感じますが、この説明に触れたことのある人であれば、どうしてわたしがコーチング=カウンセリングと主張するのか不審に感じられるかもしれません。

しかし実は、この説明は事実を歪曲しています。

確かにカウンセリング・心理療法の祖はフロイトであり、彼が発明したものが「原因遡及型」の精神分析でした。
しかし現在カウンセリング・心理療法には多くの流派があって、特に近年においては原因遡及型の心理療法は最早主流ではありません。
ブーム(と言う言い方も変ですが)となっているのは、解決志向、短期、行動、認知などに焦点を当てた流派で、いずれも「過去に遡って問題となっている原因」を取り除いたりはしません。
(それどころか原因すら特定しません)
したがってコーチングが比較対象としているカウンセリング(心理療法)は、具体的には「精神分析療法」に限定されます。

確かにフロイドは現代カウンセリング・心理療法の祖です。
しかし現代では主流ではなく、あくまでも「数多あるカウンセリング・心理療法の一流派」に過ぎません。
それをあたかも「カウンセリングの共通理念」のごとく取り扱い比較する。
この歪曲をどう解釈すればいいのでしょう?

「それは単なる事実誤認ではないか?」と擁護される方がおられるかもしれません。
が、残念ながら後述する通り、コーチングが「解決志向、短期、行動」に注目した比較的新しい心理療法から多くの技法を取り入れている事実から「未来志向、解決志向なカウンセリングの存在は知らなかった」という主張はまったく受け容れられません。

さて、いずれにしろコーチングの最大の問題は、それらの源流や基盤を明確にしていないことに尽きます。
たとえば多くの書籍では「コーチング理論では、クライアントをサポートすることで成長ができるとされ」などと、いきなりコーチング理論が自明のものとされています。
しかしレナード氏は明確に「利益を得ることが」コーチングであると述べています。
コーチングの基本であるクライアントの自発性を促す「傾聴・承認・質問」に関しては一言も述べられていません。
しかしこれはCTIも似たような状態です。
コーチング・バイブルは良書ではありますが、やっぱり技法の出所を隠している。

では、全てのコーチングに共通な技法「傾聴・承認・質問」はどこから来たのか?

それは米国で生まれたブリーフセラピーと総称される心理療法です。

極論するならば、ブリーフセラピーを健常者向けにアレンジしたものが「自己実現型コーチング」です。
更に強調するならば「自己実現型コーチングは心理療法以外の技法を有しない」とも言えます。

しかし実はこれこそが「コーチング」というネーミングに匹敵するほど斬新な発明なのでした。

言い方は色々ありますが、基本は「傾聴・承認・質問」です。
これはどこの養成機関でも言っている。
しかしそれぞれを詳細に検証すれば、何一つコーチングに特有な技法は存在しないことが分かります。

「傾聴」はロジャースが開発した「来談者中心療法」の中心的技法です。
ロジャースは「クライアントとの信頼関係と共感的理解、そして傾聴こそがクライアントの自発性解決を促す」と語っています。
来談者中心療法はブリーフセラピーではありませんが、「傾聴」技法は現在、ほとんどのカウンセリング・心理療法が取り入れています。

「承認」と「質問」は、ミルトン・エリクソンを源流とする家族療法、MRI、ソリューションフォーカスト・アプローチなど(この流派は派生したものが実に多様なので最低限の例にとどめました)
「承認」はまた交流分析(ブリーフセラピーではありませんが)のストロークと極めて類似する部分があります。

その他、論理療法・認知行動療法などもずいぶん翻案されている。
またCTIの「グレムリン」は交流分析で言えば禁止令、ソリューションフォーカスト・アプローチでは外在化。
実際のところソリューションフォーカスト・アプローチそのものが「解決志向」「未来志向」を一番の特徴としているのですから、コーチングの「今を支える」という考え方とまったく同じです。

他も同じです。
「答えは自分の中にある」
「解決リソースは全てクライアントの中にある」
「過去と他人は変えられない」
これらも全てカウンセリング・心理療法の思想。
カウンセリングはコンサルテーションをしないといわれますが、認知行動療法ではコンサルティング、行動管理がとても重要な役割を果たします。
そして肝心の「ゴール」「課題」すらもブリーフセラピーの重要な技法です。

コーチングモデルとして有名なものに「GROWモデル」がありますが、これを使うくらいならいっそ認知行動療法のいくつかの治療シートをそのまま流用した方がより効果的なコーチングが可能です。
(※GROWモデルとは、Goal(目標の明確化)、Reality(現状の把握)、Resource(資源の発見)、Options(選択肢の創造)、Will(目標達成の意志)の頭文字を取ったもの)

しかしこれらの真実は隠されました。
隠すためにダイレクトに同じ用語を使わず翻案された技法もあります。
しかしこれが問題となるのです。

「承認」はコーチングではアクノレッジメント(acknowlegdement)と言います。
承認・感謝という意味です。
ではソリューションフォーカスト・アプローチでは何と呼ばれているか?
それはコンプリメント(Compliment)です。
同じく誉めるという意味がありますが、語源としては「com-共に+plre満たす+-MENT=意を満たすようにすること」、つまり「補完」です。
サプリメント(supplement)と近い言葉であって、補うという意味合いがある。
つまりコンプリメント(賞賛)は誉めると同時に、クライアントの行動や変化を追認して補完するという意味がある。
誉めることが「補完」となり得る。
補完されることでクライアントは自己に肯定感を持ち、自由な発想をすることを自分に許可します。
自由な発想がやがて、類似した過去の経験の中からヒントとなって言語化される。
この過程が「解決像はクライアントの中にある」という言葉の真意なのです。
そして、こういう理論に基づいて「誉める」のが心理療法。

これがコーチングに取り入れられたとき、心理療法の影響を払拭したいから出来るだけ翻案をした。
しかも表面的な意味だけを取り上げてアクノレッジメントに変えた。
この結果、コンプリメントに込められていた「意味」は失われてしまいました。
だからコーチングでは、どういう理由で誉めるかというと単なる「勇気づけ」や「動機付け」になってしまう。
養成講座では「ブタもおだてりゃ木に登る」などと説明したりする。
(ただしブリーフセラピーの中でも、あまりコンプリメントを用いないカウンセラーも存在します。しかしそれはコンプリメント以外の技法に長けているカウンセラーの場合に可能なケースであるというのが私見です)
posted by Shigeo at 23:43| 【4】コーチングの理論基盤 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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